先月還暦を迎えた藤井は、その当日のお昼飯の時間を母とともに過ごした。無事に還暦を迎えられたことを、健康に産んでくれた母に感謝する気持ちで。

このコラムにもたびたび登場する藤井の母親は、ここでは語り尽くせないほどの苦労人である。藤井を出産してすぐに、事情があって離縁し、学があったために教師となって、母子の家庭を支えてきた。子供の頃は贅沢ひとつできなかった、と藤井は振り返る。藤井が小学生だった時のこと。ある日、母が倒れて病院に運ばれたことがあった。忙しくしていたための疲労かと子供ながらに藤井は心配したという。ところが、病院の先生から告げられた病名は意外なものだった。「栄養失調ですね」と医者は言う。

藤井は母のおかげで健やかに成長していたため、母が栄養失調になるなど考えもつかなかったのだ。つまり、藤井におなかいっぱい食べさせるために、母は満足に食事をとっていなかったのである。そんな生活を長く続けていたためにいつしか母は栄養失調となってしまったのだ。藤井が立派な大人になるように、心を砕き、身を削るようにして、育て上げたのである。今でもその時の母を思うと、藤井の涙腺はどうしても緩んでしまう。還暦を迎えたその日、藤井は改めて母に、心の底から感謝の気持ちを伝えた。